スタイリストプロフィール

佐藤 昇子

Syoko Sto

アシスタント


学生時代〜社会人

私が美容師を目指したキッカケは信念とは程遠く「なんか、カッコイイから」
元々、オシャレやメイクは大好きでしたが、学生時代は遊んでばかりで、将来のことを真剣に考えてはいませんでした。
免許こそ取りましたが、別の職業に惹かれ、一人前の美容師になる前に転職し、その後は東京や静岡で別の仕事をしていました。
もうその業種で一生やっていくものと考えていました。


結婚・子育て・一念発起

結婚し 一男一女を授かり、家庭と仕事に奮闘する中、娘が三歳の時 病気になりました。
小児がんです。
その病気の重篤さから、すぐに仕事を辞める決意をし、闘病に付き添うことに…
その頃、オーナーであり、幼馴染で友人の洋美さんが 店をオープンさせる目処がついたとのこと。
「洋美がお店出したら、仕事辞めて手伝うからね!」
娘が病気になる前の約束。
その気持ちは本当でしたが、当時の私は 仕事どころではありませんでした。
長くつらい闘病生活の中で、美容師という職業の素晴らしさを再確認する出来事がありました。
病院には様々なボランティアの方が来ていましたが、ある日、七五三の格好をした隣の部屋の女の子が車椅子に乗ってやってきました。
キラキラ可愛い髪飾り付きのカツラ。ピンクの口紅。車椅子を押すお母さんも、素敵なヘアスタイルで嬉しそう。
ごくたまに美容師のボランティアの方が来るので、なんとか予約の枠に入れてもらえたそう。
過酷な闘病生活の中、髪をキレイにしてもらうことで少しでも気分が上向きになって、笑顔になる。子供でも大人でも、やはり女性。
「娘が退院出来たら、私も病気と闘う人や家族の力になれたらいいな」
ただ何となく観ていたニュース。
他にも、色んなことを考えました。
「災害に遭った人達だって、髪は切りたいだろうな」
ハサミひとつで、ほんの僅かな時間でも 人の気持ちを幸せにすることが出来る。
日本中、世界中で通用する職業。
「なんで美容師辞めちゃったんだろう」
そうして今に至っています。
娘が奇跡的に回復して一年が経ち、友人の力を借り、家族にも協力してもらって またこの職業に就きました。
家庭との両立は思うようにいかないことも多く、時間がかかりそうですが、37歳、スタイリスト目指して頑張ります(*^^*)

抗ガン剤に備え、洋美さんに髪を切ってもらった娘

2歳年上の長男は病棟に入れず、いつもガラス越しの面会

退院して3カ月後。家族みんなの念願だったディズニーランド